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教養・雑学

蹴鞠(けまり)とサッカー~サッカーの起源は中国の蹴鞠?

2016/06/13

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蹴鞠(けまり)は数人が革靴を履いて,革製の鞠を地面に落とさずに蹴り上げ,その回数を競う古典的な屋外遊戯です。

勝敗のない平和的な遊び方という特徴から蹴鞠を行うことで天下泰平、五穀豊穣、心身の強健、一家の繁栄平和を祈る目的として行われてきました。

現代では一般の人は行いませんが、一部の神社などで行われています。

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蹴鞠の歴史

蹴鞠は西暦600年頃、仏教などと一緒に中国より日本へ伝わったとされています。
中大兄皇子が飛鳥の法興寺(現在の飛鳥寺)で蹴鞠が縁で藤原鎌足と親しくなり、その後645年に大化の改新が興ったことはよく知られています。

「本朝月令」や「古今著聞集」には、701年に日本で最初の蹴鞠の会が開かれたと記されており、この頃に蹴鞠が日本に伝わったという説もあります。

平安時代には蹴鞠は宮廷競技として貴族の間で広く親しまれるようになりました。
蹴鞠は貴族だけでなく、天皇、公家、将軍、武士、神官、一般民衆の間で親しまれていました。

室町時代には、足利義満や義政が蹴鞠を盛んに行い、武家のたしなみとして蹴鞠が行われました。

しかし室町時代の末期に織田信長が相撲を奨励したことで、蹴鞠の人気は次第に下火になっていったといわれています。

現代でも伝統行事として以下のような場所で、ある時期に見ることができます。

京都府
下鴨神社、白峯神宮、藤森神社
奈良県
飛鳥歴史公園、談山神社
香川県
金刀比羅宮
滋賀県
平野神社

蹴鞠のルール

蹴鞠には勝敗がありません。相手が蹴りやすいように、次々と鞠を渡すようにします。相手がけり損なうと、渡し方が悪いとされるのです。

これは競技ではなく、職場の昼休みのリクレーションで行うバレーボールのようなもので、平たく言えば遊戯です。

ルールとしては三足以上蹴るという約束があります。
一足目は貰って受ける鞠、二足目からは自分が蹴って楽しむ鞠、そして最後に相手が蹴りやすいように渡す鞠ということです。

足を高く上げて足の裏を見せることは品がないこととされ、また周囲の植木の一番下の枝よりも高く蹴る必要があります。

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中国の蹴鞠の歴史

日本へ伝えられたという中国の蹴鞠の発祥地は紀元前300年以上前の春秋戦国時代の斉の国とされていて、兵士の体力づくりの訓練のために行われていたものでした。

その後、漢の時代には12人をチームとして、30~40cm幅の網のゴールに蹴り入れる、現在のサッカーに近い競技として発展していったようです。

唐の時代には東は日本、朝鮮、西は欧州に伝わったとされています。

その後、中国の蹴鞠はこれが原因で社会規律や風紀が乱れ、清の時代に蹴鞠の禁止令が出されて中国から姿を消すことになりました。

サッカーの起源は中国の蹴鞠?

サッカーは、現在世界中で最もよくプレーされている球技の一つです。

サッカーには、いろいろな起源説があるようですが、一番有名なのがイングランド説です。

イングランド説

イングランド説は今までに最も有力とされてきた説です。

イングランドでは8世紀頃戦争で勝利すると敵国の将軍の首を切り取り、その首を蹴って勝利を祝ったと言われています。

これが王妃が将軍の首に見立てたボールを城から投げ、一般大衆が隣町のゴールへ競い合って蹴りあう、モッブゲームという祭りとなり、さらにサッカーへと発展していったという説です。

中国の蹴鞠説

先に記載したように中国の唐の時代に中国の伝統文化である蹴鞠が欧州へと伝わり、これが現在のサッカーへと発展したという説です。

国際サッカー連盟(FIFA)の当時の会長のブラッター氏が2004年に中国山東省にある斉文化博物院に中国がサッカー発祥地であるとする認定証を送りました。

これに対して英国の専門家は、古代の中国には蹴鞠と呼ばれるボールを蹴るスポーツはあったが、それが今のサッカーにつながったとは考えられないと反発しているそうです。

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