近畿大学の水産研究所は1970年に水産庁の依託を受けて、クロマグロの養殖、研究を開始し、それから32年目の2002年に世界で初めて完全養殖に成功しました。
その後、2013年には商業化に乗り出し、2013年4月グランフロント大阪内に、養殖魚専門料理店の1号店を出店し、12月には東京の銀座に2号店をオープンしました。
養殖には2種類ある
クロマグロの養殖には畜養と完全養殖の2種類があります。
畜養
現在販売されている養殖マグロと表示されているもののほとんどは、完全養殖ではなく、蓄養(ちくよう)という方法で養殖されているものです。
蓄養は、海で引縄または一本釣りで獲った全長20~30cm、体重100~500g程度のマグロの幼魚を生け簀(いけす)の中で2~3年飼育して成長させ、脂の乗った状態で出荷する方法です。
このように養殖されたマグロは餌を豊富に与えられるため、天然のものより倍近い成長速度で成魚になり、品質がそろっていて計画的に出荷することができます。
日本国内でも行われていますが、海外では地中海、メキシコ、豪州などで行われており、日本へも輸入されています。
完全養殖
近畿大学水産研究所で行われているのは完全養殖です。
完全養殖とは海で採った天然マグロを飼育し、この親魚が産卵し、人工ふ化で育った親魚が産んだ卵を再びふ化させることを言います。
既にマグロ以外のほとんどの魚では完全養殖に成功していましたが、マグロだけは成功していませんでした。
完全養殖することの意味
クロマグロは今太平洋北部において、深刻な資源危機にさらされています。
日本は全世界のクロマグロの90%を消費している消費大国です。
資源が枯渇するなら、養殖すれば解決するのではと考えるかもしれません。
しかし、畜養も養殖ですが、飼育するマグロを海から獲って来るので、マグロ漁と同じく天然資源を利用しているため、マグロ資源保護の解決策にはならないのです。
そこで期待されるのが、完全養殖です。
完全養殖は先に記載したように人工ふ化で育った親魚が産んだ卵を再びふ化させるため、天然のマグロ資源を使うことがありません。
なぜマグロの完全養殖は難しいの?
マグロは赤ちゃんの生態がほとんど分かっておらず、非常にデリケートですぐに死んでしまいます。
クロマグロはふ化して数ミリの仔魚は、約1ヶ月で6~7cmの稚魚になり、数ヶ月で約30cmの幼魚となり、早ければ3~5年ほどで1.5~2mの成魚になります。
最初のうち卵から稚魚になるまでの生存率は0.1%でしたが、現在は10%まで高めることができています。
なぜこんなに生存率が低いのでしょうか?
産卵条件が難しい
採捕して飼育していた天然のマグロが初めて産卵したのは近畿大学が研究を開始してから9年目の1979年です。
その後、1983年から1993年までは産卵なしの状態が続きました。
研究を開始して完全養殖に成功するまでの32年間のうち、約20年が産卵なしの状態が続いたということです。
成魚のマグロは生け簀で飼育しますが、水温、水質、海流、エサ、生け簀の大きさや形状など、全く手探りの状態から研究が開始されたので、産卵させるまでに、こんなに長期間かかったのでしょうね。
ふ化後7~10日間の間に卵の大半が死んでしまう。
ふ化した数ミリの仔魚は始めの10日間で半分以上、ひどい時は8~9割が死んでしまいます。
死んでしまう原因は浮上死と沈降死です。
浮上死とは仔魚が水槽の中でエアーポンプによる水流で水表面に押し上げられた時、表面張力により、水面にくっついたままの状態になり、もぐれなくなって死んでしまうことです。
この対策として水面に魚油の膜を張って、表面張力を小さくすることにより浮上死は大幅に減らすことができました。
ふ化後、3日目くらいから夜間に発生するのが沈降死と呼ばれる現象です。
夜間に遊泳活動が弱まった仔魚が底に沈んで体を傷つけて死んでしまうと考えられています。
ふ化した後、仔魚の体内の浮袋は閉じた状態のため、底に沈んで沈降死が起こります。
空気を吸って浮袋を膨らませる必要があり、そのタイミングはふ化後3日目がよいと分かりました。3日目には張った油膜を一旦除去し、仔魚が空気を吸えるようにし、浮袋が膨らんだ後に再び油膜を張るようにしました。
この対策で沈降死も大幅に減らすことができました。
ふ化後2週間ほど経過すると、共食いするようになる。
餌に小さい魚を与えることにより共食いを減少することができました。
ふ化後25日経過すると猛スピードで泳ぐようになり、水槽にぶつかって死ぬ。
夜に生け簀に車などのライトが当たると驚いて突進して衝突してしまいます。
これに対しては夜間にライトをつけることにより、急激に明るさが変化しないようにしました。
餌の問題
マグロは幽門垂という胃と腸の間にある消化器官がふ化後60日くらいまでは完成しません。
このため若い稚魚の消化能力は高くなく、消化吸収率が劣る配合飼料では育たず、生の餌を与えないと育たないという常識がありました。
しかし、酵素処理魚粉で作った配合飼料を与えたところ、生の餌と遜色なく成長することが分かりました。
配合飼料を使うことのメリットは冷凍保存しなければならない生の餌に比べてコストがかからないことや、他の魚資源を使用しないで済むことや、小さな魚に含まれている汚染物質の蓄積の影響を受けないことが上げられます。
マグロの完全養殖の技術はまだ発展途上です。
今後の研究に期待したいですね。
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